レピッシュ



 「今日も一日、何事も無く何よりです」
 とは言っても、今日もしっかり刺客の皆様の歓迎を受けたのではあるが、それが日常茶飯事と化してしまっている今となってはその事は「何事も無い」ことの一つに彼の中ではなってしまっているらしい。
 そんなことよりも、のほほんとお茶を啜っている彼の周りの空気が時間が経つに連れ、ピリピリと張り詰めたものになってきている事に当の彼は気付いているのであろうか?
 「・・・さて」
 湯飲みを置き、息を吐くようにそう言ったとき、彼の周りに座っていた3人が、ピクリと肩を揺らす。
 「今夜の部屋割りは・・・」
 どうします?と、続けたかったのだが、それは急に立ち上がった三人の勢いに押され、叶わぬものとなる。
 「「「八戒は俺と・・・」」」
 綺麗に重なった三人の声に、八戒が困ったような笑みを零す。
 「あのー・・・今日の部屋はツインが一つにシングルが二つなわけですから、何もわざわざ僕とのツインを選ばなくても・・・」
 「三蔵、テメー昨日も八戒と同室だったじゃねぇか!」
 「だからなんだ、年長者の言う事は素直に聞け」
 「そんな理屈があるかよ!おーぼータレ目!!」
 まったく聞いていない三人に、ますます困ったように八戒が小首を傾げた。
 「じゃあ、こうしましょう。僕が一人部屋で寝ますから・・・」
 「「「却下!」」」
 またも見事に重なった声に、八戒がため息を漏らす。
 どうやら自分に選択権は無いらしい。
 「そうは言いましても・・・僕もたまにはゆっくり寝たいんですけど・・・」
 「だよな!だから不潔な大人二人はあっち行けって」
 「このガキ猿っ、テメーのイビキと寝相は公害なんだよ、公害!!」
 「貴様が一番危険だろうが、成人指定生物」
 誰と当たってもあまり変わり無いなと思ったが、八戒は口には出さない。
 「こうなったら、公平にゲームか何かで部屋割り決めませんか?」
 ポンと手を合わせて、八戒が提言した。
 「・・・そうだな、このままじゃ埒があかない」
 「どうする?手っ取り早くジャンケンでもするか?」
 「ヤだよ!俺が負けんの目に見えてんじゃん!!」
 悟空は、今だチョキを一番はじめに出すと言うくせに気付いていないが、自分がジャンケンに弱いと言う自覚はあるらしい。
 「じゃあ、定番のカードで・・・」
 「何さり気に、自分に一番有利に事を運ぼうとしてんだよ」
 「そーだよ!八戒が勝つの、目に見えてんじゃん!」
 「言語道断だな」
 呉越同舟・・・そんな言葉が八戒の脳裏をよぎる。
 「んー・・・じゃあ、どうします?」
 八戒が人差し指を顎に当てて、困ったように軽く首をかしげる。
 そんな可愛らしいと取れる仕種をする八戒にさり気なく腕を回して引き寄せつつ、悟浄が数本の割り箸を差し出した。
 「公平になるように、クジにしようぜ。クジに」
 「・・・随分用意が良いじゃねぇか」
 「こんな事もあろうかと思って作っておいたんだぜ」
 得意げに言う悟浄に、それってこんな自分との相部屋争奪戦が起こると見越してたって事ですよねぇ・・・と、八戒は心中複雑な気持ちになる。
 果して、喜ぶべき事なのか、情けなく思うべきなのか・・・。
 「んじゃ、早速・・・」
 「待て」
 「んだよ、三蔵」
 そのままくじ引きへと話が流れるかと思われたその時、三蔵が話を止める。
 「貴様が作ったクジでは、公平性に欠ける」
 「俺が、クジに細工でもしてるって言いたいわけ?」
 「わかってるじゃねぇか。おい、悟空!」
 「なーに?」
 「お前がクジを作れ」
 「へ?あ、うん。わかった」
 「ちょっと待て、だからって何で悟空なんだよ」
 「こいつに細工なんて芸、出来ると思うか」
 「・・・なーる・・・」
 一応の納得を見せて、悟浄が自分の持っていたクジをポケットに仕舞う。
 その時、全てのクジに同じ印が付いていたのを、八戒は目の端に入れてしまったが、見ていない事にする。
 「できた!」
 じゃん!と、悟空の手に握られ差し出された三本のクジ。
 ・・・三本・・・?
 「それじゃあ、引くか」
 「おうよ!」
 「ちょ・・・待ってください!」
 珍しく慌てたような八戒の声が、それを遮る。
 「何だ」
 「あの〜・・・、僕にはクジが三本しか無いように見えるんですけど・・・」
 「これが六本にでも見えるようなら、医者に行ったほうが良い」
 「そうじゃなくて・・・、数・・・足りなくありません?」
 「足りない?俺と三蔵と悟空だろ・・・三本でいいじゃん」
 「・・・僕の分は、無いって事ですか・・・」
 この時点で、自分には100%不公平だと八戒は思った。
 そうしている間にも、三人の間には目に見えない火花が激しさを増しながら散っていて、せめて血を見る事にはなら無いようにと、八戒は祈るばかりだ。
 「それじゃあ、三人同時に引くからな。せーの・・・!」
 「くしゅ!!」
 ・・・くしゅ?
 「・・・おい、猿」
 「俺じゃねーよ」
 「んじゃ、今の・・・」
 誰だ?と言う悟浄の声に重なって、軽い羽音がした。
 「ジープ?」
 どこからとも無く現れたのはジープで、八戒が腕を伸ばすと、その中に収まるようにしてとまる。
 「今のくしゃみ、ジープの?」
 「きゅう〜」
 悟空が呟くと、ジープは甘えるように八戒に鼻を摺り寄せた。
 「ああ・・・少し熱があるみたいですね・・・」
 その呟きに、奇しくも三人同時に嫌な予感が走る。
 「明日の出発の為にも、ジープにはグッスリ休んでもらわなくちゃいけませんね。それじゃあ、僕が一人部屋使わせていただきます。ジープの風邪がこじれると大変なので、先に休みますね。おやすみなさい、皆さんも早く寝てくださいね」
 「お・・・おい、はっか・・・」
 有無を言わさず、畳み掛けるように言い、極上の笑顔と語尾にハートをしっかり残して、八戒は滑り込むように部屋へと入っていった。
 「・・・・・・」
 残された三人は、ただ呆然とこのクジの景品たる人物が消えた部屋のドアを見るしかなかった。
 「・・・おい、このクジどーするよ」
 「・・・引くしか・・・」
 「ないだろ・・・」
 もちろん、それは残ったシングル部屋を賭けてに、なってしまったのだけれど・・・。




END

   結局この八戒、誰が好きなんだろ・・・。
 タイトルに深い意味はありません。ノリで付けただけ。
 確かドイツ語で「ばかげた」とか「子供じみた」とかいう意味だったと・・・。


 この話しは、20000HITを取ったサリィさんに捧げます。







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