沈黙と言うものには、重量も・・・時には殺傷能力さえもあるものだと、三蔵は思った。 それほどまでに、今のこの空気は重く・・・。 (・・・痛ぇ・・・) いつもは騒がしい悟浄と悟空までもが、異変を感じて大人しくしている始末。 その空気の発生源と言えば・・・。 「あれ?今日は皆さん、随分静かですね」 一見のほほんと、食後のお茶を啜る。 誰のせいだ、誰の。・・・と、三人三様で思う。 もちろん、口にするなんて恐ろしい事は、しないけれど・・・。 「ところで・・・」 ビクリと三人が肩を震わせる。 何故一々八戒の言動にビクビクしなければならないんだと思うが、今日の・・・いや、厳密には数日前からだが・・・八戒は機嫌が悪い。 はっきり言って、怒っている。 顔は笑っているけれど・・・それが却って恐い。 「今夜の部屋割り・・・どうします?」 「「あ!俺こいつと!!」」 こんな時、誰よりも絶妙のコンビネーションを発揮する悟空と悟浄が、ステレオで叫んだ。 「な・・・!」 出遅れた三蔵は、唖然と口を開ける。 「貴様ら!!普段は嫌がるくせに、何故今日に限って、同室になりたがる!!」 「いーだろ、たまにはそういう気分になったって。なぁ、悟空」 「そうそう。三蔵だって、いつも俺らとの同室嫌がるからいいじゃん!」 「黙れ!!脳天ぶち抜かれたいか!!」 「横暴だ、おーぼー!!」 「何でも銃で脅しゃあ良いってもんじゃ、ねえぞ!!」 ぎゃいぎゃいと口喧嘩を始めた三人を見て、貼り付けたままの笑顔で、八戒が言った。 「つまり、三人とも僕とは同室になりたくないってことですか」 ピタリ。 喧燥が止む。 いつもなら、これとまったく逆の争いが起きるのであるが・・・今日はそうもいかない。 触らぬ神に、祟り無し。 君子、危うきに近寄らず。 「や・・・やだなぁ、八戒。そんなことあるわけないじゃん」 「そ・・・そうだぜ。考え過ぎだって」 「そうですか?」 そうそう・・・と、二人はぶんぶんと縦に首を振る。 その様子に、いつもこれくらい仲が良ければなぁと八戒は思った。 「じゃあ、今夜は悟浄と悟空。僕と三蔵ってことで」 ニッコリ。 鶴の一声。 もちろん、異議を唱えるものは(唱えられるものは)いない・・・。 (そりゃ・・・元を辿れば、俺が原因なんだが・・・) 数日前・・・酒の勢いで・・・その・・・なんだ。 だからって・・・別に今更な関係なのだ。 (何をあいつは、いつまでも怒っているんだ) 「三蔵、コーヒーいれましたけど、飲みます?」 表面上はニコニコ、水面下ではふつふつと怒りを煮え滾らせている。 一応は八戒の持ってきたカップを受け取ったが、毒でも盛ってあるんじゃないかと、匂いをかぐ。 豊潤で香ばしい豆のかおりがするばかりで、別段変わった様子も無い。 少なくとも、青酸性の毒物は混入されていないようだ。 「やだなあ、匂いでわかっちゃうようなモノは入れませんよ」 三蔵の考えている事を見透かしたように、向かいのベッドに腰掛け八戒がのんびりとカップを傾けながら言う。 気まずそうに、黙って三蔵はコーヒーを啜る。 「・・・八戒」 沈黙に耐え兼ね、三蔵が痺れを切らした。 「お前・・・俺に言いたい事があるんなら、はっきりしろ」 「はい?なんのことです?」 「呆けるな、猿と河童が脅えて鬱陶しくてしかたねぇ」 「そう言われましても・・・」 「何だ、俺にされた事を怒っているのか?俺に謝って欲しいのか?」 「・・・・・・」 一瞬、八戒の頬がヒクリと動いた事に、三蔵は気付かない。 「大体、今更だろう。お前だって、本気で抵抗しな・・・」 「へ〜え・・・、僕が怒るような事をしたって自覚は一応あるわけですか」 「は・・・八戒?」 そこで漸く、三蔵は八戒の様子が変わった事に気が付いた。 (こ・・・恐・・・っ) 三蔵は、柄にも無く心底そう思った。 気のせいか・・・オーラまで見える気がする。 「八戒、俺は・・・」 「ええ、そりゃ嫌だって言ったのになし崩しにコトに及ばれたり、花見のはずが僕が味見されたり、30分で終わらなかった上に、一回で済まなかったりとかしましたけど、今更ですし僕はぜ〜んぜん気にしてませんよ」 ・・・充分、根に持ってる・・・。 顔だけは、大層にこやかだったけれど。 「あ・・・あれは・・・」 「だから・・・怒ってませんてば」 呆れたように八戒は息を吐いたが、三蔵は半信半疑の目で八戒を見た。 「本当です。・・・信じてください」 八戒は苦笑した。 だが三蔵は、まだ疑いの眼差しを向けている。 「なら・・・」 一体何に怒っていたというのか。 「実は四日前に、立ち寄った町でちょっと嫌な事がありまして・・・」 「嫌な事?」 「はい・・・ほら、僕一人で買い出しに出たじゃないですか」 「ああ」 「その時・・・数人のお兄さんたちに絡まれちゃいまして・・・」 「何?」 「所謂・・・『ナンパ』ってやつですか」 「・・・それで?」 「そんなの初めてだったもので、あれよあれよと言う間に、建物の影に連れ込まれちゃったんですよ」 「・・・・・・」 その様を難なく想像できてしまうあたり、何と言うか・・・。 「・・・で、そのまま・・・」 「されたのか!?」 「そんなわけないでしょう。もちろん少々痛い目にあって諦めていただきました」 その『少々』が、何を基準にしてなのか・・・。 「・・・それの何処に不機嫌の理由があるんだ・・・?」 「・・・だって・・・好きでもない人に、ちょっとでも触られたんですよ・・・?」 「・・・は?」 「三蔵・・・僕が他人に触れられても平気ですか?」 平気・・・じゃないが・・・。 「それで嫌な思いしたのに・・・三蔵あれ以来触れてくれないじゃないですか」 「それは・・・」 この前の事で八戒が怒っていると思っていたから・・・。 だが、そうなると・・・。 「・・・して欲しかったのか・・・?」 「・・・何の為に、貴方と同室になったと思ってるんです?」 子供っぽく、拗ねたように八戒は上目で三蔵を見た。 「・・・お前・・・」 今、すごい殺し文句を言わなかったか? 「・・・・・・」 黙って、三蔵は八戒正面に立ち、膝をベッドに乗り上げた。 「・・・今日は・・・時間制限ないんだろうな」 「どうぞ、貴方の望むままに」 制限つけても守らないでしょと、八戒が笑う。 「ああ、でも・・・」 「・・・何だ?」 「明日の出発に支障を来たすような事になったら、しばらくお預けにします」 語尾にしっかりハートを付けて、彼最大の武器である、満面の笑顔。 三蔵は、最後には結局彼に勝てないのだと、深く深く脱力したため息を吐いた。 END |
一応、「三蔵×八戒」としが条件出されなかったので、こんな話にしてみました。 最近、三蔵は動かしづらいと痛感します。 近頃さんぱち小説しか書いてないのにごじょはちかき足りない感じがしないのは何故だろうと思っていたら、同人のほうで漫画でずっと倦天描いてたせいだった・・・。 この話は、19000HITした百華様に捧げます。 |