それが、手の届くところにあることで・・・かえって気がつかないことも、ある・・・。 (なんか・・・くすぐったいよな、こう言うの) 朝起きると、美味しそうな朝食の香りが鼻をくすぐり、窓の外には洗濯したばかりの白いシーツが風に棚引いていて、夜だって・・・遅くに帰っても、迎えてくれる暖かな料理と、笑顔・・・。 そんなコトが「当たり前」になってしまった、此の頃・・・。 ほんの半年前まででは、考えられないような日常。 今の自分が有る事が少し不思議で、悟浄は溜息にも似た吐息を一つ吐いた。 「どうしました?」 「ん・・・?いんや」 悟浄の前に淹れたてのコーヒーを出して、この変化の原因である人物はすでに自分の領域と化したキッチンへ戻っていく。 もう昼過ぎたと言うのに、彼は朝からそこに篭りっぱなしでいまだに何やら作りつづけていた。 「・・・お前さぁ・・・、何してるわけ?」 「何って・・・料理です」 んなことたぁ、朝からずっとしている良い匂いで分かってる。 「そうじゃなくてだな・・・」 足をキッチンへ向けた悟浄は、その現場を見てそこで言葉を詰まらせる。 「・・・何コレ・・・」 それは作っている品目に対してのものではなく、問題は・・・。 「・・・ああ」 その意図に気づき、この場所の主である八戒が、クスリと笑った。 「いくら何でも・・・作り過ぎちゃいましたかね?」 そこにはザッと目測したところ、およそ6人分ほどの料理。 だが・・・その人数を鵜呑みにしてはいけない事を、悟浄はよく分かっていた。 「・・・来るのか・・・あいつ等が」 「久しぶり〜〜!」 犬の尻尾が付いていたならきっと、ちぎれんばかりに振っていたであろう喜び様で、悟空は八戒に飛びつく。 「俺ね、俺ね、八戒にスッゲエ会いたかったんだ!!」 「はいはい、悟空が会いたかったのは僕じゃなくて、僕の料理じゃないんですか?」 もちろん、それもあるけど・・・と、照れくさそうに笑う悟空の頭を苦笑と共に八戒が撫でる。 普段は子供扱いされることを嫌う悟空だが、八戒には素直に甘えているというのが、傍目にみていても良く分かった。 「邪魔する」 おー、おー、飼い主のご登場ってか? 「邪魔だと思うんなら、帰ってくんねぇ?」 歓迎の言葉の代わりに、一言。 相手はかなりムッとしたようだ。 「客人に対しての言葉がそれか」 「客人なら客人らしく気ィ使って、手土産の一つでも持って来いよ」 「・・・三蔵、悟浄」 危うく安穏とは言い難い空気になりかかったところへ、救いの手。 「二人とも・・・そんなところに立っていないで。料理、全部悟空に食べられちゃいますよ」 その悟空はすでに席について、食べ始めていた。 コレだけの量を目の当たりにしても、八戒の言う事があながち外れていない所が、恐ろしい。 「猿!!人ん家の食料、食いつぶす気か!!ちったぁ、遠慮ってものを知れ!!」 「何だよ!せっかく作ってくれたものを残すほうがもったいないだろ!!」 「相変わらず、仲が良いですねぇ」 のほほんと、目の前の『兄弟ゲンカ』と形容して良いような光景を、目を細めて傍観を決め込んだ八戒が、三蔵にお茶を注ぐ。 「・・・お前が止めなきゃ、誰が止めるんだ」 額に手を当てて、不機嫌そうに三蔵が八戒を横目で見上げる。 「良いじゃ無いですか。悟浄も悟空の事可愛がってるんですよ、あれでも。今日なんて、久し振りに会ったせいか、イヤに絡みますし・・・」 「・・・・・・」 三蔵は、溜息をつくより他無かった。 本気で言っているのか?この男は・・・。 あれはどう見ても、大事なおもちゃを取られまいとして虚勢を張っている子供だ。 先刻、悟空が八戒に懐いていた事が余程、気に入らなかったらしい。 (絡んでる本人も、気付いて無いらしいが・・・) 悟空にせがまれ、様子見も兼ねて訪れたのだが・・・。 ・・・・・・・・来るんじゃなかった。 余計なものを目の当たりにして、コレ以上の面倒はゴメンだと三蔵はもう一つ、大きく溜息をついた。 「賑やかでしたね」 「騒々しいつんだよ、アレは」 一時間ほど前とは人口が半分に減ってしまった部屋で、八戒は片づけ(と言っても、残っているのは食器ばかりで、あの大量の料理のほとんどは、大方の予想通り悟空の胃袋に収まってしまった)を・・・悟浄は椅子に座ってタバコをふかしていた。 (何か・・・ムカつく) 思いの外、タバコが旨く無い。 「・・・悟浄」 「あぁ?」 「貧乏揺すり」 指摘されて、気が付く。 「・・・悪ィ・・・」 「何、イラついてるんです?」 苦笑混じりに八戒が尋ねた。 「・・・わかんねぇ」 「何ですか、それ」 そんなコト言われても・・・本当に解らないんだから仕方が無い。 胸に、何かが燻っているような感覚。 「・・・風邪でもひいたんですね?」 不意に、目の前に影がかかり・・・。 コツン。 (・・・・・・え?) 息がかかるほど・・・間近に有る、綺麗な顔。 思わず息を呑む。 「・・・あ、少し熱あるみたいですよ」 顔も・・・赤いですし。 「悟浄・・・いつも薄着だから、風邪なんて引くんですよ」 ザンバラながら、襟首に掛かるまでになった自分の髪を、八戒が綺麗な長い指で丁寧に梳く。 (あ・・・、ちょっと気持ち良いかも) 「さぁ、風邪引きさんは早く寝てください」 笑いながらそう言うと、八戒は悟浄から身を引いた。 咄嗟、その指の感触を離したくなくて、悟浄は離れかけた八戒の手を思わず握ってしまった。 「・・・悟浄?」 「・・・あ・・・いや、これは・・・その・・・」 決まり悪そうに、視線を泳がせる。 だが、腕は握ったままだ。 クスリと・・・八戒が笑ったのがわかって、視線を彼へと戻すと穏やかに笑う彼と目が合った。 「仕方がないですね・・・」 「え?」 「今夜は・・・眠るまで傍に居てあげますよ」 意外なことを言われ、悟浄は目を丸くする。 「病気の時って、心細いですもんね。今日なんて、昼間は騒がしかったですから、なおさらでしょう?」 「・・・・・・・・・」 何を勘違いしたのか・・・いや、そもそも『風邪』と言う時点がすでに勘違いなのだが・・・、八戒は悟浄の行動をそう取ったらしい。 「・・・頼みます・・・」 「はい、わかりました」 苦笑一つで悟浄は八戒の申し出に、便乗することにした。 なにより・・・この綺麗な笑顔を、一瞬でも良いから長く見ていたいと思ってしまったのだ。 (たまにはこういうのも・・・・何かいいよな) 嬉しそうな八戒の微笑みにつられるように、笑う。 「それでは、童話でも読んであげましょうかね」 「・・・おい・・・、子供扱いすんなよ」 クスクスと笑い合いながら、二人で悟浄の寝室へ向かう。 夜の帳が落ちてきて・・・まだそんなにたっていない時間であったが、何だか良く眠れそうな予感がした。 優しい時間が嬉しくて、悟浄はひっそりと笑みをこぼす。 胸にくすぶる・・・微熱にも似た感覚に、まだ名前をつけられなかった頃のこと・・・。 END |
予告通り・・・いちおう「恋華」の数ヶ月後という設定で書きました。 プラです、プラ!!(笑)悟浄さん・・・気付けよ・・・据え膳だよアナタ・・・。もったいない(溜息) 「続き物を書く」と公言したものの、漠然とは決まっていたけれど、細かくは考えてなかったので、奴等の動くに任せてみたところ・・・何故か三蔵達まで出てきてしまいました(笑)あ〜あ、さんぱち書きたいなぁ。 なるべく早く続きかけるといいですねぇ・・・。 「メンタルラヴ」と言っておきながら、最終的にはH入るかも知れませんけど・・・。 最後に・・・突っ込まれる前に自分で突っ込みを・・・・。 タイトルの「目覚めの微熱」て・・・基礎体温? |