Mizerable



 

 「ねぇ、俺だけを見てよ」
 静かな部屋に、男の声が優しい響きで染み入る。
 そこに含まれた狂気を・・・微塵も感じられないくらいに穏やかな、それ。
 「なぁ・・・聞いてる?」
 暗い部屋。
 唯一あった窓には、コンクリートが詰められ、外光を拝む事はできない。
 「愛してるぜ・・・」
 背徳と言う名の甘美な蜜を含んで繰り返される、言葉。
 囚われた蝶は、羽をむしられ部屋に備え付けられた数少ない家具であるベッドに横たわっている。
 「愛してる・・・」
 背を向けたままの身体に腕を伸ばす。
 「・・・で・・・」
 「何?」
 初めて・・・彼が声を発した。
 「触らないで・・・下さい」
 こんな状態でも、丁寧な口調を崩さない彼をらしいと男は笑う。
 「強がり?・・・ホント、可愛いよお前・・・」
 「っ!触らないで!!」
 髪を撫でる手を跳ね除け、彼は男を睨んでおき上がる。
 「おはよう」
 だが、そんな怒りに燃える瞳すらも愛しげに受け止め、男は微笑む。
 「いつまで・・・こんな事を続けるんですか・・・」
 ぽつりと・・・疲れたように、彼が漏らした。
 「いつまで・・・?さぁ・・・今日までかもしれないし、永遠かもしれない」
 「貴方は・・・!」
 一瞬強い口調で声を発したが、すぐに漏らすような声に変わる。
 「貴方は・・・どうしたいんですか」
 それを問うたところで、男から答えを選られる筈も無い。
 男自身すら、その訳が解らないでいたのだから。
 その狂気を生んだのは、誰でもない彼自身であったのだけれど・・・。
 「お願い・・・もう、やめて・・・」
 痩せた身体が震える。
 「そうだ・・・今日はプレゼントがあるんだ」
 彼の言葉など聞こえないと言うように、男はズボンのポケットを探る。
 「悟浄!」
 痺れを切らし、彼が男の名を叫んだ。
 「ほら・・・特注だぜ?」
 それでも・・・男はその声に耳を傾ける事はない。
 「・・・何・・・?」
 問うまでもなく、一目で悟浄の手に握られているものの正体が解ったが、問わずにはいられなかった。
 それが目の錯覚だと信じたくて・・・。
 「何って・・・首輪」
 なんでも無い事のように、悟浄は告げる。
 彼はこうして・・・少しずつ自分を縛りつけるものを増やしていくつもりだろうか?
 「似合うと思うぜ?ほら・・・俺が選んだものは、全部お前に似合ってるじゃん」
 自分が居ないときでも、自分と一緒にいるつもりになれる様にと、己の瞳と髪の色と同じ、真紅の襦袢。
 その赤が、彼の肌の白さを一層引き立たせる。
 そして、細い足首に付けられた冷たい金属の輪。
 鎖が付けられたその先には、ベッドの足があり、部屋の中を歩く事さえ制限されている。
 その上更に、今回は・・・。
 「付けてやるよ・・・」
 「っいや・・・!」
 彼は抵抗した。
 力の限り・・・だが。
 「ほら・・・そんなに暴れるなって」
 笑いながら、彼の領域たるベッドに悟浄は乗り上がる。
 両の膝でその手を押さえつけ、左手で顔をベッドに縫いつけた。
 「い・・・やぁ・・・」
 痛みに顔を歪め、絞り出すように言う彼に、悟浄は器用に右手だけで首輪をはめていく。
 黒い皮製のそれは、正面に来る位置に所有者たる人物の瞳と同じ、翠色の石がはめ込まれていた。
 「ああ・・・やっぱ良く似合うわ」
 満足そうに悟浄は呟き、彼の顔から手を放す。
 その露になった翠の瞳には、いく筋もの涙が流れていた。
 「八戒・・・」
 それ自体が甘美なものであるかのように、悟浄は彼の名を呼ぶ。
 「どう、気に入った?」
 無邪気なまでにそう尋ねる悟浄に、こんな強行に及んだ片鱗は伺えない。
 だが・・・自分を縛り続けるのは、確かにこの男なのだ。
 「なぁ、八戒・・・」
 ペロリと生暖かい舌が、頬を滑る。
 「お前って・・・涙まで甘いのな」
 愛おしげに眇められる紅玉。
 その紅は、彼の中に潜む狂気の色・・・。
 「飯・・・食うか?腹減ってるだろ」
 「・・・いりません」
 疲れたように答える、小さな声。
 その回答に、猫科の動物にも似た鋭さを備えた瞳が、僅かに揺れた。
 「食わなきゃ持たないぜ?唯でさえ、こんなに細っこいんだから」
 そうでなくても、この部屋に閉じ込められてから、八戒は筋力も体力もすっかり落ちてしまっていた。
 「俺が作ったから、お前ほど上手くはないけど」
 そう言って、サイドテーブルに置いてあった皿に手をのばす。
 冷めちまったけど、といってスプーンの上にのせられ、目の前に差し出されたのは、ミルクリゾット。
 「食べたくありません」
 そのスプーンから顔を背けた八戒に、悟浄は初めて笑みを消した。
 「良いから食えって」
 無理矢理に食べさせようとして、リゾットを押し付けるが、それは口元を汚すばかりで、一向に喉を通っていく気配はなかった。
 何も言わずに、悟浄はその眉間に皺を刻む。
 「・・・こんなに汚して・・・しかたねぇな」
 そう言うと、悟浄は八戒の顎をとらえて、自分へと向かせ、口の周りに舌を這わせた。
 「・・・ぅ、やぁ・・・」
 何とかして顔を背けようとするが、つかんだ手がそれを許さない。
 「不味くは・・・ねぇよな」
 確かめるように呟きながら、悟浄は舌で八戒の口元を清めていく。
 舐め終えてから、悟浄はもう一度彼に尋ねる。
 「・・・食う?」
 抗う気力も残っていなくて、八戒は力無くただ頷いた。
 それを見て、悟浄は破顔する。
 組み敷かれ横たわった身体を抱き起こし、肌蹴た胸元を直してやった。
 そして、一さじ一さじ丁寧に悟浄は八戒に食べさせてやりながら、時折唇から零れ落ちた白い雫を舐め取ってやる光景は、動物が自分の子供にえさを与える様に似て・・・。
 「美味い?」
 瞳を覗き込みながら悟浄は尋ねたが、それは八戒には味などわからなかった。
 けれど・・・。
 「美味しいですよ・・・とても」
 何の感情も無く、紡がれる言葉。
 それでも、その言葉に悟浄は喜び、細い体を抱きしめる。
 「愛してるぜ・・・八戒」
 気が遠くなるくらい繰り返された言葉。
 壊れたレコードのように、何度も・・・何度も。
 想いに染まる事が出来なくて、壊れそうな身体、心・・・。
 いっそ、全て呑まれてしまえば・・・痛みは殺(きえ)るの?
 「愛してる」
 喉元の翠に口付ける。
 そして、深く深く唇が重なった・・・。



 疲労の為シーツに沈む背中を慈しむように見つめ、彼は唯一外界と繋がった扉を開ける。
 それが閉められたとき、その部屋の囚われの獣は背を向けたまま、そっと微笑った。

 それは、とても甘く・・・濃厚に。



 愛しすぎた、貴方。

 本当に囚われたのは・・・誰?





 END.

  タイトルと作中の言葉の一部はGacktさんの曲からいただきましたv
いままで彼の曲使わなかったことの方が、不思議だよ私・・・。
自己紹介のところの好きな芸能人の欄に「Gackt」と書いていないけれど、普段全くと言っていいほど買わない音楽CDを私に買わせてしまう彼・・・。
どうやら、自覚はなかったが、めちゃめちゃファンのようだ、私(笑) あ、本文のコメント忘れてた(笑)
リク内容は「八戒に首輪つけて閉じこめちゃう悟浄の話。ほのぼのでもシリアスでも可。シリアスの場合は八戒に襦袢を着せる」加えて「八戒にご飯を食べさせる悟浄」と「キスさせる」が加わり、こんな話の出来上がり・・・。
どう足掻いても、ほのぼのにはならなかった・・・・。かと言って、ハードにもならなかった・・・。
書きながら「悟浄・・・貴方なんか誤解してるよ・・・。監禁モノのロマンがわかってないよ・・・!!」と何度言ったことか・・・。
どうも、うちの悟浄鬼畜になれないらしいです・・・。甘い男だ・・・。


この話は22222HITをとった、孝次様に捧げます。







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