Leeca




 東方随一と言われる大きさを誇る寺院の敷地内には、庭と言うよりも野原と言ったほうが良い小高い広場がある。
 その中央に1本だけ立つ木の下に、その佳人はいた。
 2ヶ月ほど前から、この寺院にいるその人物は、自分が与えた部屋に居ないときには、大抵この木陰にいる。
 先ほども、部屋へ訪ねていった際、そこがモヌケの空だったのを見て此処まできたのだが、やはり彼はそこに居た。
 降り注ぐ陽光は暖かく、風は涼やかに頬を撫でる。
 流れる静けさを壊したくなくて、無意識に足音を立てない様にして近づくと、木の根本にもたれ掛って本を読んでいる彼の膝の上に、いつもなら見ない光景を目にして思わず眉間を寄せた。
 (姿を見ねえと思ったら・・・)
 もう、5年も自分と共に居る子供が、そこでスヤスヤと眠っていた。
 微笑む彼と、膝の上で眠るやすらかな顔。
 目の前の光景が、どこか遠くて、幻想的で・・・。

 水底を垣間見ても、なお浮かべられる微笑。

 意識を取られて、思わず足元の小枝を踏みつけた。
 乾いた音を立てて折れる、それ。
 その音に気付き、彼と目を覚ました子供がこちらを向く。
 「・・・さんぞー?」
 寝惚け眼をこすりながら、子供が自分を呼ぶ。
 ・・・間抜けな声・・・。
 「三蔵さん。何か御用ですか?」
 掛けられた声と共に、パタンと手にしていた本を閉じたのを、少し残念に思う。
 綺麗な指が言葉をなぞる様は、気に入っていたから。
 「・・・義眼の調子はどうだ?」
 「あ・・・はい。おかげさまで」
 繊細な指が、確かめるようにそっと右目に触れる。
 「・・・ありがとうございました」
 「・・・ふん。ありがたいと思うなら、もう面倒掛けんな。鬱陶しい」
 「あはは。そーですね」
 立ったまま、自分の横で木にもたれて煙草を咥えた三蔵を見上げながら、彼は笑う。
 「なぁ、三蔵。悟能どうなるんだ?」
 同じように自分を見上げてくる金の瞳を一瞥して、三蔵は紫煙を吐いた。
 「・・・先ほど、三仏神より『猪悟能』の処遇が決定したと連絡があった」
 「それじゃあ・・・」
 「『猪悟能』には死んでもらう」
 当の本人たる彼は、その宣告を微笑みさえ浮かべて聞いていたが、怒ったのは、その隣に居た金眼の少年だ。
 「何でだよ!酷ぇよ、そんなの!!」
 「悟空」
 今にも噛み付かんばかりにまくしたてる少年に、彼はやんわりと微笑んだ。
 「いいんですよ。解っていた事ですから」
 「でも・・・!」
 「僕は多くの命を奪いました。その償いが、僕の命一つで償えると言うなら、安いくらいです」
 「安くねぇよ!!俺にはそんな知らない人間達とか妖怪達とかよりも、悟能のほうがずっと大事だ!!」
 「悟空・・・」
 真っ直ぐに思いをぶつけてくる瞳が、嬉しくも痛い・・・。
 「青春ごっこしてねぇで、人の話は最後まで聞け」
 苛立ったような声が、頭上から降る。
 「『猪悟能』には死んでもらうが、あくまで表向きだ」
 「え?」
 「・・・いや、もう死んだ事にしてあるそうだ」
 だから、今此処に居るお前はもう自由だと、紫暗は語る。
 信じられないと言った風情で、見開かれる瞳。
 「許されると・・・言うんですか?」
 「生きて苦しめってことだろ」
 優しい『死』ではなく、残酷な『生』を進め。
 「・・・でも・・・、良いんでしょうか・・・。僕はあんなに咎無き命を奪ったのに」
 「咎無き?お前が殺した村の連中だって、お前と同罪だろ?」
 「・・・え?」
 「村の連中は、お前の姉一人の命より、自分達の命を重んじた。お前は連中より姉一人のほうが大切だった。同じ事だろう」
 「三蔵さん・・・」
 「人の命に重いも軽いも数も、ねぇんだよ」
 因果報応だろ。
 さらりと答える三蔵は強いと思う。
 自分はまだ・・・あの頃の夢に囚われたまま・・・。
 「・・・これから、どうする気だ?」
 「・・・これから・・・ですか」
 何も考えてませんでした。そう言って笑う彼。
 「だって、まだ生きられる事になるなんて、思ってませんでしたもん」
 「何処へでも行けば良い。お前はもう『悟能』じゃないんだ」
 ・・・此処に居て欲しいと言う言葉は、飲み込む。
 「・・・いなくなっちゃうの?」
 寂しげに見上げる大きな瞳を、困ったように微笑んで彼は受け止める。
 「いつまでも・・・お世話になる訳にもいきませんから」
 「・・・そっか・・・」
 しゅんとなってしまった少年の頭を、優しげに撫でる手。
 「また遊びに来ますから」
 「ホントに?」
 「ええ」
 「約束だかんな!」
 まるで、たった今別れるみたいな悟空の慌てよう。三蔵は指切りをする二人に、呆れた視線を送る。
 「あ〜、俺なんか腹減ってきちゃった。先、帰ってるな!!」
 ままごとのような約束事に安心したのか、悟空は跳ね起きて一目散へ寺院内へ戻っていく。
 その姿を、見送る二人の瞳。
 「・・・良い子ですね、悟空」
 「ドーブツだからな。本能のまま生きてんだろ」
 「それって、純粋ってことですよね」
 「・・・ものは言い様だな」
 短くなった煙草を、踏み消す。
 それを合図にしたように、座っていた身体が立ち上がった。
 「僕たちも、いきましょう」
 微笑んで、歩き出す背中は酷く細い。
 三蔵を待つように、その背が振り向き止まる。
 何故かその姿に、胸が詰まった。
 透明な風が吹いて・・・振り返った微笑みが儚くて、思わず手を伸ばし・・・。

 気づいたら、抱きしめていた。

 「・・・三蔵さん・・・」
 まるで、縋り付くような抱擁。
 何も言わずに抱きしめてくる彼の背に、そっと腕を回した。




 「お世話になりました」
 顔見知りになった何人かの僧侶に、彼は丁寧に挨拶をする。
 もちろん、こんな自分に懐いてくれた、あの太陽の瞳の少年にも。
 「元気でな」
 自分の姿が見えなくなるまで、振り続けられる小さな腕。
 それに手を挙げてそっと答えると、彼は真っ直ぐに歩き始めた。
 やがて寺院が見えなくなった頃、人気のない道の脇に植えられている木の一本にもたれかかる、彼の人を見つける。
 「・・・こんな所まで、見送りですか?」
 悟空のように寺院の前でなく、離れた人のいないこんな場所で。
 「・・・忘れ物を、届けに来てやった」
 「忘れ物?」
 不思議そうに首を傾げる。
 ここに来たとき自分が持ってきたモノなど一つもなく、ここでの生活でも自分の使っていたモノはすべて三蔵が用意してくれたモノで・・・。
 忘れ物をしようにも、出来るはず無いのだ。
 「・・・何です?忘れ物って」
 尋ねると、もたれていた体が向き直り、自分へと近づく。
 「・・・名前・・・」
 「え?」
 「名前がないと、不便だろう」
 お前はもう、『猪悟能』ではないのだからと・・・。
 「貴方が・・・くれるんですか?」
 僕に・・・新しい名前(人生)を・・・。
 「・・・餞別がわりだな」
 「餞別ですか」
 随分高価な餞別ですね。笑いながら小首を傾ける。
 「・・・不満か」
 「そんなこと言ってないでしょう。・・・うれしいです」
 不機嫌そうに眉をひそめた三蔵に、また笑う。
 「どんな名前なんですか?」
 三蔵は黙って彼の手を取る。
 「三蔵さん・・・?」
 その手のひらに、指を這わせて文字を刻んだ。
 『八戒』と・・・。
 それをしばし驚いたような面持ちで眺めてから、彼・・・八戒は口を開いた。
 「・・・戒め・・・ですか」
 「らしいだろう。縛られながら、藻掻けばいい」
 藻掻きながら、足掻きながら・・・イき続ければいい。
 「ありがとうございます」
 作り物でない、心からの笑顔が三蔵を捕らえる。
 「・・・もう一つ」
 「まだあるんですか?」
 「・・・少しはましになると思う」
 そう言って手渡される、小さな箱。
 浅黄色のそれの蓋を開けて、中のモノに八戒は驚く。
 「単眼鏡(モノクル)・・・」
 「両眼だった時ほどでは無いにしろ、少しは、見やすくなる」
 「何から何まで・・・すみません」
 「勘違いするな。それは貸しだ」
 「永久無期限の・・・でしょう?」
 小さく舌打ちして、三蔵は八戒から目をそらす。
 それにひっそりと笑みを零すと、八戒は彼に頭を下げた。
 「・・・行くのか」
 「はい」
 「行き先は?」
 「決めてません。でも・・・もう一度あの人に会ってみようと思います」
 「・・・あの赤毛の男か」
 「ええ、彼にも色々とお世話になっちゃいましたから」
 あの男には三蔵は『悟能』は死んだと伝えてあった。
 些細な嫌がらせとでも、言うべきか・・・。
 「彼に会って・・・その先のことは、またそれから考えます」
 「・・・そうか・・・」
 戻ってきても構わない・・・。
 そんな言葉を飲み込んで、三蔵は八戒が来た方へと道を進む。
 「・・・三蔵さん」
 一度だけ・・・八戒が小さく呼んだ。
 その声に思わず振り返った三蔵の目に、澄んだ翠が映る。
 ふわりと・・・羽が掠めたと思った。
 「さようなら」
 微笑む美貌が、何処か切ない。
 そして向けられた背は・・・二度と振り返ることはなかった・・・。
 立ちつくして見送りながら・・・、三蔵は自分の唇に触れてみる。
 一瞬なのに・・・消えない感触。
 微熱。
 「・・・馬鹿が・・・」
 呟いて・・・踵を返した。
 (諦められるモンも、諦められなくなるだろうが)
 胸に閉じこめた、言葉。
 扉を壊したのは・・・あいつ。
 「・・・ふん」
 後悔するが良いさ。
 「・・・高く付くからな」
 一人ごちて・・・空を仰ぎ見た。

 「あ、さんぞー!!何処行ってたんだよ!」
 向こうから駆けてくる、嫌と言うほど見知った少年。
 「黙れ、馬鹿猿」
 「あー!!また馬鹿猿って言った!!」
 怒ったように、発せられた文句。



 声が、空に吸い込まれて消えた。






 END.

  リク内容「三蔵×八戒。できれば甘々」。
・・・甘々、できませんでした・・・(遠い目)ちょっと、「月華9」の反動が・・・。
どうか、お許しくださいませ(><)
今回も、タイトル&元ネタはGacktさんの曲からv
この歌聞いたとき、「は・・・八戒〜〜〜〜!!」って、思ったんです・・・。
膝で眠ってたのは、悟空じゃなくて子犬でしたけど(笑)
それにしても、悟空も三蔵もむちゃくちゃ言ってるな・・・。




この話は25000HITをとられた更紗様に捧げます。







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