尾ひれと背びれがレースのように、水の中でユラユラ揺れる。 「ベタ…と言うんだそうですよ」 コップのような筒状の透明なケースを二つ手にし、八戒がニッコリと微笑んだ。 「……へぇ」 「…………」 その微笑を向けられた二人は、どう返していいものか分からず、それぞれ困惑した面持ちでそれを見つめた。 八戒の手の中にあるケースそれぞれに、八分目ほどまで入った液体と魚が一匹。先ほどからずっとそこで、その美しい鰭をたゆたわせていた。 「八戒何それっ!キレー!」 目を輝かせた悟空に二人は、 (…猿でもたまには食用の有無以外の言葉もいうのか…) と思ったが、悟空に言わせて見れば「あまり美味そうじゃないし、食べても腹の足しになりそうに無い」から、その言葉を選んだだけの事と言うのは、彼ら(特に、情操教育上問題があったとしても、彼をココまで育てた保護者)は、知らない方が精神的衛生上良いだろう。もっとも、ここで正直に悟空がその心のうちをそのまま吐き出さずに、別の言葉を選んだのは、八戒の教育の賜物である。 「可愛いでしょう?先ほど頂いたんですよ」 つい先刻まで、八戒は悟空と三蔵が家に来た事で、夕食の買出しに出かけていた。その際、町で貰ってきたものらしい。 「貰ったって…誰にだよ」 「魚屋さんの隣のペットショップのご主人にです」 主人と言ってもまだ若い。そろそろ三十路といったところか…。 ところで、どうでも良いが魚屋の隣で観賞魚を売っているのと言うのも、どうであろう(類似・焼き鳥屋の隣に小鳥屋) 「いつも色々頂くんですよ。映画のチケットとか、お米券とか、あ、この間は素敵なグラスいただきました」 「…八戒、そいつんち絶対上がっちゃダメだぞ。うちに上げるのもな…」 「え?何でです??」 「…なんでもいいから…」 それだけ言うと、悟浄は深々と溜息をついた。八戒の鈍感さと、全くもってのライバルの多さに、疲労をを感じる。まぁ、一番の厄介な敵は、この目の前の見た目は大層ゴージャスな生臭坊主であるのだが…。 「…で、ソレはその下心野郎に貰ったのか?」 問題の、豪奢な金髪を微かに揺らして問うた問題だらけの最高僧の言葉に、八戒は微笑を返す。「下心」云々と言う部分は、聞こえたのか聞こえなかったのか、綺麗に黙殺した。 「ええ、生き物を譲り受けると言うのはどうかと思ったのですが…、色が…」 意味ありげに、八戒がクスクスと楽しそうに笑う。 「ああ!三蔵と悟浄と同じ色だもんな!」 「「ああ?」」 テーブルに置かれた水槽と呼ぶにも小さい入れ物を指で突付いていた悟空の発した言葉に、二人は揃って間の抜けた声を上げた。 ゆらゆらと相変わらず液体を漂っている二匹の魚の、それぞれの色は、赤と紫。 「だから何だか、親近感が湧いちゃって…受け取ってしまったんです」 色如きで一々親近感を湧かせていてどうするのだと二人は思ったが、口にはしなかった。だが、中々どうして、自分を連想されて思わず…というのは悪くは無い(この際だから、目の前の激ムカ野郎も一緒…と言う事実は無視) 「でもさぁ、どうして別々にしてあるの?」 もう少し大きな水槽で、一緒に飼えば良いのに。と、悟空はプラスチックの側面へ、ちょんと指を当てた。中の生き物が、数度呼吸をするように、パクパクと小さな口を動かす。 「気性が荒いらしくて…雄同士で一緒にすると、直ぐに喧嘩しちゃうらしいんです」 「へー、ホントに三蔵と悟浄みたいだな」 「「お前が言うな」」 またも同時に声を発した二人に、八戒は思わず笑みを零す。 「折角綺麗なのに、ボロボロになっちゃったら可愛そうでしょう?」 そう言ったのは、つい先日のこと。 「え、死んじゃったの?」 悟空の言葉に、八戒は少し困ったように頷いた。 「昨日です…、二匹とも。大切にしていたつもりだったんですけどね…」 その表情は、心なしか悲しんでいる様にも見える。悟空と三蔵が最後にこの家を訪ねてきたのは先週の事だ。その日から、魚が寿命を迎えるほど日にちが経っているとも思えないし、八戒が飼育方法を誤ったとも思えない。 「そっか…残念だな」 「…まさか、魚に会いたいから、こんなに間を空けずに俺んちに押しかけてるわけじゃ、ねーよな」 じと…っと、悟浄は横目で八戒の淹れたコーヒーを啜っている三蔵に視線を送る。 「…寺ではコーヒーが出んからな」 「テメーで淹れろ!テメーで買え!!って言うか、実はお前暇だろう!!」 フンと三蔵は、鼻を鳴らす。反論する気も無い。ココの所ほぼ週一ペースで通っている事は、事実なのだから。 「でも小さくても、生命は生命なんですね…。軽々しく受け取るべきではありませんでした」 小さく呟くような八戒の言葉に、悟浄は微かに眉を上げ、三蔵は舌打ちをした。 あの下心野郎…リンチじゃ済まねぇな…。 「気にすんなよ八戒。寿命だったんだろ」 「でも悟浄…」 「お前のせいじゃない」 「三蔵…」 何かを言おうと八戒は口を開きかけたが、結局はそのままシュンと項垂れてしまった。 惜しむかのように住人を失っても置かれている、プラスチックの容器の一つに、三蔵は手を伸ばすと、中の液体を弄ぶように回す。 「…溺れたんだろ」 「え?」 不思議そうな顔をした八戒の頭にに、悟浄はポンと手を置いてクシャクシャと髪を掻き混ぜた。 「三蔵サマがそう言うんなら、そうなんだろ」 「…………」 納得のいかないといった顔を八戒はしたが、何も言わなかった。 それでもどこかで、自分達は安堵している。嫉妬…していたのかもしれない。この綺麗な手に、大切にされ愛されていた、脆弱な命に対して。 ゆらゆらと、水が揺れる。キラキラと、光を反射しながら。 「…溺れただけだ…」 そう、ただ溺れただけ。勝手に…。お前のせいじゃない。 窓から差し込む陽光に、容器を透かす。 液体は、混ぜられた浄化剤で、薄い緑色をしていた。 END |
買い物帰りのバスの中、ふと頭に浮かび本日が8日でしたので、大急ぎで書き上げました。…いつもこれくらい短いと、直ぐに書き上げて更新できるんですけどね…。所要時間、構想5分、執筆3時間と言った所でしょうか。そしてこれを上げたら、私は学校課題用の、原画動画作業に戻ります…。 え?八戒の誕生日には何もやらなかったのにって? やだなぁ、去年はやったでしょ(オイ) ベタはですねぇ、妹がしばらく飼ってました。青いのに「Toshiya」、紫のに「薫」という名前を付けて(笑・わかる人だけわかって) うちに泊まるときにも、よくつれて来てました。そして水槽代わりの容器を、良く私が倒してました(笑) 「<ガシャ>あ…ごめん…」 「(床でピクピクしているトシヤ)」 「ぎゃ〜〜〜!!Toshiyaくん!!テメー、何さらしとんねん!!煤iT□T||||;)」 ってね……。 そんなわけで、悟浄&三蔵、お誕生日おめでとう。9日〜29日の期間内、お持ち帰り自由です。 |