最後の恋を・・・始めよう。 一緒にいることが、嬉しかったり楽しかったり・・・。 言葉なんて交わさなくても、傍にいるだけで、いてくれるだけで安らげるなんて・・・本当にあるんだなと、悟浄は最近になって知った。 以前はいないことが当たり前だったのに、今ではいないと物足りない感じ。 (それって、かなり依存してるって言わねぇ?) 愛煙のハイライトをふかしながら、物思いにふけっていると、 「灰皿、ちゃんと使って下さいね」 小さな子供に言い聞かせる様な口調と共に、悟浄の目の前に差し出された真新しい陶器の灰皿。 声の主を仰ぎ見れば、優しげな笑顔とぶつかった。 「・・・サンキュ」 今にも、自ら落ちそうになっていた細長い灰を、皿に落とす。 「悟浄は最近、帰りが早いですね」 そう言いながら声の主こと八戒は、悟浄の座っている席の正面でなく、右斜め前へ腰を落ちつけた。 「んー?ほら、家で俺の帰りを待ててくれてる、美人がいるし?」 「・・・ありがとうございます」 読みかけだったらしい本を取り出しながら、八戒は苦笑する。 「でも、お店には悟浄が早く帰ってしまって、心を痛めている美人が大勢いるでしょう?僕のことは気にしなくて良いんですよ、僕も気にしませんから」 ツキン (───あ?何で今ので『ツキン』なんだよ) 僅かに痛んだ胸に、首を傾げる。 パラリとページをめくる音だけが二人の間に流れて、心地よい空間を作り出していた。 伏せられた、翠玉を思わせる瞳にかかる長い睫毛。 読書にふける八戒の姿は、一枚の絵画を見ているようだと悟浄は思う。 『美人は三日見たら飽きる』なんて、誰が言ったのか・・・。 毎日この姿を目にしていたって、一向に飽きる様子もない。 (でもなぁ・・・) いつまでも・・・見ていたいと思う気持ちとは逆に、どこか儚ささえ感じるそんな八戒の姿に、不安を覚える。 「・・・何読んでんの?」 それを打ち消すつもりで、悟浄は八戒に体を寄せて本を覗きこむ。 「聞いてどうするんです?悟浄、本なんて読まないでしょう」 「気になるじゃん。そう、熱心に読まれると」 悟浄の腕が回された肩を、八戒は小さく竦める。 苦笑は返しても、その腕を拒むことは決してない。 少し過剰な悟浄のスキンシップは、八戒も嫌いではなかった。 そのまま再び読書に入る。 先程より間近になった八戒の顔に、悟浄が暫し魅入っていると・・・ (あ・・・何かイイ匂い) 八戒の肌から薫りたつ、ほのかな甘さを思わせる香り。 少し・・・自分の鼓動が速くなった気がする。 もう充分に触れているのに・・・・ (もっと・・・触ってみたい) ほとんど・・・無意識の行動だった。 悟浄はゆっくりと、八戒の顔に自分のそれを寄せる。 本に集中していて気付かない八戒が、次第に近づく。 ・・・・・・が、 ピ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! ヤカンの沸騰の知らせを聞いて、八戒がキッチンへ顔を向けたのと、悟浄の唇が触れるとのでは、前者が一歩早かった。 当初の目測を逸れて、キスは八戒の左頬に落ちる。 慌てて悟浄が身を引くと、珍しく驚いた顔をして左頬に手を当てている八戒と、視線があった。 自分の行動にパニックして、何かを言おうにも悟浄にめぼしい言葉は出てこない。 そうこうしていると、暫く固まっていた八戒の表情がゆっくりと破顔して 「ありがとうございます」 ・・・一体何が、どう、ありがとうなんだ・・・? その意味を悟浄が汲みかねていると、八戒が小さく笑って顔を寄せてきた。 (・・・・・・え?) 理解するより先に、柔らかく暖かなものが右頬に触れる。 小鳥の産毛を思わせる感触が、八戒の唇だと分かるのにたっぷり数秒。 次の瞬間、体中の血液が顔に集まったんじゃと思わせるほど、悟浄は赤面していた。 「悟浄って、本当にスキンシップがお好きなんですね」 そんなセリフを残して、八戒はコンロの火を止めに席を立ち、キッチンへ向かう。 その背中を悟浄は、右頬を押さえて呆然と見つめるしかなかった。 「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、ヒマ」 「邪魔しに来たんなら出てけ!エロ河童!!」 この男には、機嫌の良い時は無いのだろうかと思って、悟浄は目の前の執務机に腰掛けている(世間的には)最高僧である男を見る。 今、その人物の不機嫌の原因の50%は自分が担っているなどとは毛頭考えもせずに・・・。 「いや〜ん、三蔵様ってばぁ、つめた〜い♪」 「・・・死ぬか?」 チャキ・・・という金属音と、冷たい硬質感が額に押し当てられたのはほぼ同時・・・。 ・・・ヤベェ、こいつマジだ(汗)。 「・・・スミマセンでした」 このままじゃ、鉛玉の大安売りされかねないと、早々に降参する。 「・・・で、何の用だ」 「別に。生臭いツラでも拝んでやろうかと思ってさ・・・」 「惚けるな。話しでも無い限り、貴様がこんな所に好んで来るとは思えん」 確かに・・・線香臭い寺院なんて、一分一秒だって本当だったら居たくなど無い。 机に凭れながら、銃の変わりに取り出した煙草に火をつけ、三蔵は一度大きく紫煙を吐いた。 (・・・三蔵様は何でもお見通しってワケね) 溜息をついて、悟浄は自分の左頬をちょっと触ってみる。 『いってらっしゃい』 出がけに、言葉と共に八戒の唇がそこに触れた。 数日前・・・ハズミで八戒にキスしてしまってから、挨拶程度のキスは日常茶飯事・・・。 普段の悟浄であれば、そんなのご免蒙るところだが、不思議と嫌じゃない。 (・・・っていうか、俺の方から仕掛けたんだけどさ・・・) 「さっさと話せ」 イラついた三蔵の声が、危うく思案に耽りそうになっていた悟浄の意識を、現実に引き戻す。 「あのさぁ・・・お前、男にキスしたいって思ったことある?」 「はぁ?」 愚問・・・と大きく顔に書いてある三蔵に嘆息。 そうだよな、思わねぇよなフツー。 「・・・いくら美人だからってなぁ・・・」 「・・・で、してしまったのか?八戒に」 「・・・へ?」 我ながら・・・間の抜けた声が出た。 「ちょっ・・・、何でわかんだよ、八戒って!?」 それこそ愚問だと、三蔵は思った。 まだ気付いてなかったのか、この男は・・・。 「お前・・・俺の顔見て、どう思う?」 「どうって・・・『不機嫌大増量(当社比)』」 「・・・そうでは無くて・・・(怒)」 「わーってるって。んと・・・『美人』?」 三蔵は溜息を吐く。 その答えを予測しての問いだったが、面と向かって言われると、はっきり言って寒い。 何故俺がこんな目に・・・と思いつつも、ココまで来れば乗りかかった船だ。 「・・・では、お前はその俺に、そういうことしたいと思うか?」 「2万で手ぇ打つ、オプションは料金割増。その先は要相談」 「誰が払うか!!」 ・・・下船してやろうか。 「・・・質問を変える。一般的にその好意は何を表す?」 「はーい先生、『アイジョー』でーす」 「・・・では、お前の八戒に対する愛情はどれに属する?」 どれって・・・『友愛』だわな、フツー。 あ・・・でもそれって、今してるみたいに頬にするもんだよな・・・? (あの時、俺が・・・) しようとしたのは、頬にではなかった。 「もう一つ聞く」 二本目の煙草に火をつけながら、三蔵が問うた。 「お前、俺や悟空のことは好きか?」 「・・・何?」 「いいから答えろ」 「まぁ・・・嫌いじゃねぇな」 「八戒のことは?」 そんなの決まりきってる。 嫌いだったら、同居なんて出来る訳がない。 「俺や悟空・・・それにお前の大好きな女どもと、八戒に対する感情はどこが違う?」 どこって言うより・・・『別格』だ。 それで言ったら、三蔵や悟空も悟浄の中では恐らく別格に入るのだが、八戒は更に輪をかけて『特別』といった感じ。 女達に感じるよりも深くて、三蔵達に感じるよりも柔らかい・・・ 「・・・・・・あれ?」 八戒に感じるのは・・・安らぎ。幸福感。甘えたいし甘えて欲しい。笑顔を向けられると嬉しいし、楽しいけれど・・・時々感じる拭い切れない不安。 日々進化する想い・・・。 「・・・そういうことだ」 落ち着き払ってそう言う三蔵が、妙に癪に障る。 だって、そんな想いは一般的や女達の話しに聞くところによると・・・。 「だって、そんな・・・」 認めたくない反面、そう表してしまえば確かにしっくりとくる気がする。 「いい加減、認めろ。貴様は八戒に惚れてる」 そう、引導を渡されてしまえば、ぐうの音も出ない。 「・・・勘違い、ってことは・・・」 「貴様は勘違いで、野郎にキスなんてするのか?」 しません、しません、それは無いです。 「・・・どうしよ?」 「そこまで面倒見きれんな」 テメーで考えろって事ね。 「・・・ま、とりあえずは礼言っとくわ。サンキュ」 「トイチで貸しといてやる」 ・・・悪徳高利貸しか、テメーは。 「あれー?悟浄もう帰るんだ?」 部屋の扉を開けると、悟空がその横に座り込んでいた。 話の内容を早々に察した三蔵が、入室を禁じたためにずっとそこでまっていたらしい。 「よく躾てあるじゃん、飼い主さん」 「・・・うるせーよ」 「なぁ、何話してたんだよ」 「んー?ガキ猿ちゃんにはわかんない話♪」 悟空の頭をくしゃりとなでる。 「ガキ扱いすんな!」 一頻り悟空をからかった後、一瞬だけ真面目な顔になり、悟浄は呟いた。 「・・・まぁ、俺もガキだったってことだけどな・・・」 あれ以上の長居は、三蔵の機嫌をますます損ねかねなかったのと、線香のニオイが鼻についてしかたないのとで、悟浄は足早に寺院を後にする。 (・・・俺って、もしかしなくても、超カッコワルイ) 第三者に指摘されて気付くなんて・・・。 でもまぁ・・・気付かないままで居るよりは、ずっといいと思う。 (なんだか空までイイカンジじゃん?) 今の悟浄の気持ちのように、空は青々と澄んでいた。 早く帰ろう・・・彼のもとへ。 きっと彼は、自分の帰りを待っている。 (・・・でも・・・されるんだろうな) 行きと同じ様に、お帰りのキスを。 考えて、顔が赤くなる。 気付けば・・・こんなにも簡単な事・・・。 それが嬉しくて、照れくさくて・・・。 世界が・・・生まれ変わったような感覚。 今は間だ・・・多分、言えないけれど・・・。 必ず伝えよう・・・。 『好きだよ』 彼へと続いている碧空を仰ぎ見て、悟浄は小さく苦笑を洩らしてから、家路へと駆け出した。 END |
飛び出せ青春(爆) 悟浄自覚編です。馬鹿だよコイツ・・・。いや・・・馬鹿は俺か・・・(自嘲) おかしいなぁ・・・当初、このシリーズに三蔵出てくる予定はまったく無かったのに・・・。・・・ホント私、三蔵の事好きね(笑) どうも、私の書く三蔵・・・かなり偽者ですけど・・・。 誰か私に、カッコイイ三蔵の書き方教えて下さい・・・(泣) さて・・・続きがあれば、次は「片思い編」になるか「告白編」になるか・・・。まだ、まったく続きを考えていないわけでして・・・あはは(死) ・・・この話で終っても良いんですけどね・・・(ボソ) |